アルバム「LIFE」収録曲。曲順はラスト。作詞作曲山内総一郎。
不思議なイントロで始まる曲はフォーク、なのかな?山内総一郎氏は「フォーク・ソングも大好き」(ギター・マガジン2014年10月号)らしいのでフォーク調の曲が来るのは不思議ではない。不思議ではないが、やはりこの曲調は今までのフジファブリックにはなかったメニューなので、こういう曲をアルバムのラストに入れる事自体、山総氏のふっきった感じが表れているような気がします。あと、BOBOさんのドラムがもの凄い存在感を出しているので、BOBOさんとの化学反応もあるような。
山総氏、斉藤和義氏とのラジオで「武道館で、どーんとした曲をやりたくて」というようなことを語っていました。なるほど、この曲は作られた当初から、フジファブリックの10年目の記念すべき武道館でのライブで演奏することを想定して作られていたのですね。
「やっぱり長男だったんですね」というメタモルフォーゼを遂げた(ように外野からは見える)山総氏にとって、10年目の武道館ライブは、節目として迎えるかなりの重大イベントであるし、相当なプレッシャーを感じていた様子。なにせ、ライブ前、ライブ最中、ライブ後で人相が変わっていますからね。
しかし、そんな中で、彼は、彼らは、武道館ライブでの演奏イメージを持ち、そこに向けて「これが今のフジファブリックだ」と言うためのアルバムをつくり、見事やり遂げた。そのクライマックスの一つはこの「卒業」という曲だったと思うのです。
扉風ふわり立つ ぼくらの体を包み込む
沢山の思い出はこっそり鞄に詰め込んだから
「ぼくら」が山内、金澤、加藤の3名だとしたら、「鞄に詰め込んだ」思い出は、これまでの10年間のことすべてでしょう。そこには、志村と駆け抜けた5年と、その後の5年が両方詰まっているのでしょう。
ゆらゆらゆらり滲んで見えてる空は薄化粧
それぞれ道を歩けばいつかまた会えるだろう
夕闇に沈む少し前、ピンク色がきれいに空に反射して、見惚れるようなあの瞬間を連想しました。武道館でも、雲と、太陽が大きく沈んでいく映像が流れていました。別離は決して悲しいだけのことではないと、美しい風景が語っているようです。
さなぎには触れるなよ もうすぐ羽ばたく時が来て
殻の中もがいてる心を大きく解き放つでしょう
これはまさに、山総氏自身のことでしょう。
春の中ぽつり降る ぼくらの足跡消して行く
悲しみは 悲しみはこのまま雨と流れて行けよ
「僕らが泣いたらそういうものが出来ちゃう。」(音楽と人2010年8月号〔加藤慎一〕)、「やっぱり僕は悲しいなっていう気持ちだけでは曲はできないような気がしてて。・・・・・なんていうか、悲しみを乗り越えるための希望を自分自身が生み出したくてやってるんじゃないかなって思いますね。」(EMTG MUSICインタビュー〔山内総一郎〕)
泣いているところを歌うのではなく、その後、雨が上がりかけた時を歌いたい。そんな3名のスタンスは、この曲の歌詞にも表れているような気がします。
「僕は、人生において、完成形はないと思っているので、未完成のままであっても、希望をもって、この先もずっと進んでいきたいという想いを込めました」(アルバム「LIFE」ライナーノーツ〔山内総一郎〕)
なので、「卒業」して、また、「リバース」して「はじまりのうた」に戻るのです。