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彼方の音楽

毎日の中でこころ動かされたことを、つらつらと綴っていきます。

村上春樹「騎士団長殺し」を読みました

小説

村上春樹の「騎士団長殺し」の第1部と第2部を読みました。

以下、ネタバレありの感想(的な何か)です。

 

騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編

 

その年の五月から翌年の初めにかけて、私は狭い谷間の入り口近くの、山の上に住んでいた。夏には谷の奥の方でひっきりなしに雨が降ったが、谷の外側はだいたい晴れていた・・・・・・それは孤独で静謐な日々であるはずだった。騎士団長が顕れるまでは。

 

(amazon あらすじ)

 

 

渋かった・・・・・。

 

村上春樹の長編小説の中でも、相当に渋い色合いという印象です。

 

「ねじまき鳥クロニクル」は臙脂

「海辺のカフカ」は明るいブルー

「1Q84」は黄色

 

だとすると、この作品は、すっごーい地味な常緑樹っぽい緑色。かなあ。

村上春樹も年齢を重ねたのね・・・・と思いました。

 

人のこころの動きは「無意識」に支配されていて、夢はその無意識の世界からの手紙(メッセージ)であり、常に多義的なものである、というユング心理学的な考え方に立つと、村上春樹の小説は、「僕の中を掘り下げていったらこんなイメージがありました」という開陳であり、彼のイメージに自分の中のイメージが揺さぶられるとき、人は彼の「物語」を面白いと感じるのではないか・・・・と思っています。とにかく非常に多義的なので、頭で(理屈で)読む小説ではないのです。

 

すぐ女とやりやがってとか、ロリコンとか、パスタばっかり茹でてるんじゃねえよとか、いろいろ言われていますが、私はそのあたりは全く気になりません。「物語」から感じられるイメージの力が強ければ、それで結構、満足です。

 

今回のお話しの中で一番強烈だったのは、「顔のない男」とペンギンのお守りですかね。「顔のない男」は、死神というか、死、そのものを運んでくる人(三途の川の番人?)のようにも思える一方で、この世界の秘密のありかを主人公に指し示す魔法使いのようにも見えます。そしてプラスチックのペンギンのお守り。人が常に身に着けてその魂の一部を乗り移らせたものこそ呪具となります。

 

また、免色渉という、新しいキャラクターも印象的でした。優雅で洗練されていて孤独という、ねじまき鳥のナツメグみたいな人かと思ったら、もうちょっとやばい人でした。今回の作品では、絶対的な悪、みたいなものは出てこないんですが、唯一それに近いのは、秋川まりえが免色渉の家のクローゼットの中に潜んでいる時に、すぐそばまでやってきた何かですよね。

 

この男は免色ではないのかもしれない、そういう思いが一瞬彼女の頭に浮かんだ。じゃあそれは誰なのだ?

 

(第2部 481頁)

 

村上春樹の小説には、ごくうっすらとですが、近親相姦を連想させるモチーフがでてきます。ねじまき鳥における、クミコとワタヤノボルの関係や、海辺のカフカにおける「母と交わり父を殺し、姉とも交わる」という呪い(そして、主人公とさくらとの関係)など。本作でも、免色渉は自分の娘かもしれない秋川まりえに、強く執着しています。クローゼットのシーンには、肉親に対し強い自己愛を投影するときの危うさ、そこに内在する深く昏い暴力性や、人の心の二面性、といったものを感じました。

 

あと、今回の作品では、小田原や箱根の山の中の雰囲気がすごく良く出ていて、このあたりは作家としての村上春樹の文章力の凄みを感じました。いろんな読み方ができる本作品ですが、風景描写だけに集中すると、小田原の山の上の家の静かなアトリエにいる気分が味わえます。脳内だけで週末一泊旅行ができてしまう。こんな文章が書ける人は、他にはいないんじゃないかなあ。

 

さて、その他、底の浅い感想としては以下のとおりです。

 

  • 「顕れるイデア」ってそういう意味だったんですか。ホントに顕れてるし・・・・。
  • イデアのおじさん、少年カフカのカーネル・サンダースに似てる。
  • メタファー、ちょっとかわいそう。「それじゃ文章の意味が通じない。それにまだきちんとした暗喩になっていない。おまえがメタファーだなんて、どうも信用できないな。殺すしかない」という台詞は面白かった。
  • 最初、ユズの浮気相手は、雨田政彦だと思った。疑ってごめん、政彦。
  • 今回の冒険は結構あっさりだった印象。
  • 最後、ユズと元さやになる流れは、未だによく分からない。主人公が妹のことを消化したからってことなんだろうけど、脱皮したこと、顔見ただけでわかるんかいな、と思う。
  • ラスト、蜜蜂パイに似てる。というか全体的に、蜜蜂パイとモチーフが共通している気がする。
  • ラストから冒頭に循環していく造りは面白い。プロローグの文章が一番気合入ってるかな。
  • 本の装丁はいまいち。特に「第1部 顕れるイデア編」のロゴに影がついているあたり、猛烈にダサくないですか。絵はいいのに。なんでー。

 

この作品も、飴玉をなめるみたいに、何度も読み返すことになるのだろうな。