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彼方の音楽

毎日の中でこころ動かされたことを、つらつらと綴っていきます。

映画「ブリッジ・オブ・スパイ」 程よい重さの冷戦もの

ゲーム「メタルギア・ソリッド V The Phantom Pain」で頭の中が米ソ冷戦時代物でいっぱいの夫に引っ張られ、スピルバーグ監督、トム・ハンクス主演の「ブリッジ・オブ・スパイ」を観てきました。

 

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冷戦中の1957年、FBIに逮捕されたソ連のスパイであるルドルフ・アベルの弁護を引き受けた弁護士ジェームズ・B・ドノバンは様々な嫌がらせを受けながらもルドルフの死刑判決から禁固刑への減刑を成功させる。その功績により、ドノバンはルドルフと1960年にソ連で撃墜されたU-2偵察機のパイロットのフランシス・ゲーリー・パワーズとのスパイ交換の交渉を任命され、東ベルリンでの危険な交渉を開始する。

 

煽り文句の、「冷たい戦争を止めたのは、ひとりの男のやさしさだった」というのはオーバーというか、ミスリーディングですね。別に冷戦終わってないし。なんでこんなアホな煽り文句になったんでしょう。英語版ポスターだと、「In the shadow of war, one man showed the world what he stand for(戦争の影で、一人の男が世界に彼の信念を示した)」とちゃんと書いてあるのに。ちなみに、「what he stand for」というところが、ちゃんと映画の伏線になっています。

 

そう、この映画は、カットに一つも無駄がない、台詞がすべて伏線として後に生きてくる、映画巧者のつくった一品でした。スピルバーグ(監督)って、またはコーエン兄弟(脚本)って、映画がほんとに上手いんだな~と感心しました。

 

昨年見た、似たジャンルの映画「チャイルド44」「誰よりも狙われた男」に比べると全体的に軽くて、見た後の絶望感も少ないのですが、重い題材をこの軽さに仕上げた点が「巧い!」という感じです。

 

以下、ネタバレありの感想です。

 

 

・巧みな伏線に脱帽です。冒頭、画家として米国で生きるスパイ、アベルが自画像を描いているシーンから始まります。これだけで、彼の、スパイとしての実像と画家としての生活が二重であることを示しています。アベルは、法廷でも判事の顔をスケッチしたり、人物絵が得意のようなんですが、最後、ドノバンに彼の肖像画をプレゼントします。アベルから見たドノバンはこんな男だ、不屈な男だ、というメッセージでしょうね。私はこのシーンでうるっときました。

 

・ドノバンは保険専門の弁護士です。保険会社の代理人として、保険金の請求者と交渉するシーンが出てきます。「一回の車の事故で5人を怪我させた。これは一回の事故だ。5つの事故じゃない。だから保険金も1回分しか出せない」。ここで「one, one, one」とドノバンが言います。これは彼の口癖のようです。この口癖が、東ベルリンでの交渉での伏線になります。ドノバンが優秀な弁護士であるということを示しつつ、後の伏線にもしちゃう、もう一切無駄がない心憎い脚本です。

 

・ドノバンの行動原理がいいですね。アベルの裁判で、検察の証拠押収手続に瑕疵があるとか、だから上訴すべきだとか、(周りの空気を読まずに)がんばっちゃうのは、弁護士としての職務に忠実であろうとする彼の信念に基づく行動のようです。頑固な男なのです。そこはあんまり理屈じゃなさそうです。後に、アベルとパワーズの交換交渉において、アメリカ人の学生も交換の対象にむりやりねじ込んでくるのも、彼の信念に基づくものなのでしょう。これを、「やさしさ」とかぬるい単語で表現する煽り文句に違和感を感じました。

 

・ドノバンの行動原理で感心するところがもう一点。あくまでも、弁護士として、「相手にとってのメリット、デメリット」をベースに交渉するところがいいです。「スパイでも人権は守られるべき」という「思想」ではなく、「アメリカ人スパイがソ連側に捕まった時に、交渉材料としてアベルを生かしておいた方が有利では?」という、米国にとっての「実利」をベースに、判事とも交渉しました。その後のソ連、東ベルリンとの交渉も、同じように「実利」をベースに交渉が行われました。

 

・役者は誰もがよかったんですが、アベル役のマーク・ライランスが特に素晴らしかったです。しょぼい、さえない中年の画家にしか見えないんですが、そこがリアリティーがある!「死ぬのがこわくないのか?」とドノバンに尋ねられるたびに、「Whould it help?(怖がることが役に立つか?)」と答えるアベルが渋い。渋すぎる。

 

・パワーズを無事に取り返し帰国する飛行機の中で、パワーズが、少しよそよそしい空気を感じて、「なにもしゃべっていない。本当だ!」とドノバンに語りかけたのに対し、「他人の目なんて気にしなくていい。自分が確かなら、それでいいんだ」と答えたのが、ジーンときました。こういう考えがドノバンの信念を支えているのでしょう。心にささるなー。

 

・ベルリンの壁が建設されるシーンが、見ごたえがありました。左官屋さんみたいな人たちがどんどん壁を作っていく。壁が未完成の間は、東から西へ逃げることもできるんだけど、一度壁が出来てしまうと、その壁を超えることは、死に繋がってしまう。東ベルリンから西ベルリンに向かう列車の窓から、壁を超えようとした人々が射殺されるところをドノバンが目撃するシーン、そしてNYに戻ったドノバンが、同じく列車から公園のフェンスをよじ登る子供たちの姿を見るシーン、この対比が重いものがありました。

 

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・スピルバーグは東ベルリンオタクなのか。壁ができた頃の東ベルリンの様子、街の様子、役所の様子が、あまりに生き生きと描かれていて驚きました。タイムスリップしたみたいな気持ちになりました。宮崎駿がドイツ軍オタクなのと似たものを感じますね。「我らが友人は街を再建するなと言うんだ。彼らの作った廃墟の中で我々は暮らすのさ」。当時の東ドイツとソ連も微妙な関係にあったようですね。そりゃそうか。

 

以上、約2時間30分という時間を全く感じさせない、満足できる作品でした。