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彼方の音楽

毎日の中でこころ動かされたことを、つらつらと綴っていきます。

6年目の12月24日

フジファブリックのボーカルギター、志村正彦は、2009年12月24日に急逝しました。29歳でした。今日はその日から6年という月日がたった、7回忌です。

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今日この日、メンバーとスタッフは、彼の故郷である富士吉田に行っていろいろな報告をしたようです。ご家族からお土産で頂いたというクッキー(富士山、帽子、音符のデコレーションがしてあって可愛い)の写真が、マネージャーの大森さんの日記にアップされていました。

 

また、メンバーのダイちゃんは、ツイッターと写真日記で、「どこまでも青く透明」な蒼空の写真をアップしていました。フォロワーさんが、昨年の同じ日にも、ダイちゃんが同じような空の写真をアップしていたことを教えてくれました。

 

 

こんな風に細やかに、彼の近くにいた人たちは、彼の不在を悼んできたのです。

 

ツイッターのタイムラインには、ほかにも、彼の音楽を愛していた人たちの、彼を想う気持ちが流れていました。

 

 

私は、こんな風に晴れた冬の日に似合うかなと思って、松任谷由美の「NO SIDE」を聴いていました。

 

NO SIDE

NO SIDE

 

 


ノーサイド

 

彼は目を閉じて枯れた芝生の匂い 深く吸った

長いリーグ戦しめくくるキックは ゴールをそれた

肩を落として土をはらった

ゆるやかな冬の日の黄昏に

彼はもう二度と かぐことのない風 深く吸った

 

何をゴールに決めて 何を犠牲にしたの

誰も知らず

 

歓声よりも長く 興奮よりも速く

走ろうとしていたあなたを少しでも

わかりたいから

 

志村正彦のことを想うとき、私の頭には「青春」という単語が浮かびます。

不格好で自意識過剰でバランスの悪い、振り返ると恥ずかしさで頭が痛くなるような、でもエネルギーに満ちた、まだ何かを知る前だったあの頃。

彼の紡ぐ詞と楽曲は「青春」の痛みと切なさ、ダメさと明るさを伝えてくれます。

そんな「青春」の最中にいたにも関わらず、駆け抜けたとしかいえない生き方をして、私達を置いて逝ってしまった。

 

でも彼のつくった詞と音楽を、今でも大勢の人が愛しているよ。

ねえ、よかったね。

そしてありがとう。