彼方の音楽

毎日の中でこころ動かされたことを、つらつらと綴っていきます。

映画「恋人たち」 人生は時に悲惨で、でもちょっと笑える

橋口亮輔原作・脚本・監督「恋人たち」を観ました。

つい先日、「劇場版MOZU」を観て、「久しぶりに時間とお金を無駄にした」と怒りに震えたばかりだったのですが、やっぱりいい日本映画はあるところにはある!

 

f:id:ManamiSinging:20151213210524j:plain

 

ちょっと長いですけどストーリーを公式サイトから引用します。

 

東京の都心部に張り巡らされた高速道路の下。アツシ(篠原篤)が橋梁のコンクリートに耳をぴたりとつけ、ハンマーでノックしている。機械よりも正確な聴力を持つ彼の仕事は、ノック音の響きで破損場所を探し当てる橋梁点検。健康保険料も支払えないほどに貧しい生活を送る彼には、数年前に愛する妻を通り魔殺人事件で失ったという、つらく重い過去がある。
郊外に住む瞳子(成嶋瞳子)は自分に関心をもたない夫と、そりが合わない姑と3人で暮らしている。同じ弁当屋に勤めるパート仲間と共に皇族の追っかけをすることと、小説や漫画を描いたりすることだけが楽しみだ。ある日パート先にやってくる取引先の男とひょんなことから親しくなり、瞳子の平凡な毎日は刺激に満ちたものとなる。
企業を対象にした弁護士事務所に務める四ノ宮(池田良)は、エリートである自分が他者より優れていることに疑いをもたない完璧主義者。高級マンションで一緒に暮らす同性の恋人への態度も、常に威圧的だ。そんな彼には学生時代から秘かに想いを寄せている男友だちがいるが、ささいな出来事がきっかけで誤解を招いてしまう。

 

koibitotachi.com

 

よい物語は多義的なイメージを持っているといいますが、この映画も、重くて、笑えて、苦くて、切なくて、悲しくて、最後は軽やかでした。

役者たちの演技もすごくて、感情を持っていかれて、ぼろぼろ泣きながら見てしまいました。

 

以下、ネタバレです。

 

 

「恋人たち」という題名ですが、メインキャストの3人は、いずれも思い慕う相手は傍には居ません。アツシの妻は通り魔に殺され、瞳子の恋の相手はシャブ中の詐欺師で、四ノ宮は親友には「子どもにイタズラする奴」と誤解されたまま。救いようがまったくないですが、それでも、人生は続いていく・・・・。この最後のフレーズを、観客にうわっつらではなく実感させるためには、登場人物に感情移入させないと無理なわけですが、場面のひとつひとつにどうしようもなくリアリティがあり、また役者の演技もものすごいため、無理なく、その意味が胸に落ちてきました。

 

そして、エンドロールの最後にあるシーンが美しくて、救われました。

 

 また、登場人物の台詞の一つ一つが、「あるある!」っていう感じで、橋口監督は人間観察の鬼かと。特に、詐欺にまつわるエトセトラが笑えました。ネタが細かいですよね。「美人水」っていう詐欺アイテムが出てくるんですが、メインキャストの一人である主婦の瞳子さんが、バーのママに早速騙されるんですよね。中身はただの水道水なのに、「ビタミンCとか入ってるんですかね?」「そう、いろいろ入ってんのよ。原価かかってんのよ」、さらに、ダメ押しがママの「友達とか紹介してくれたら割引するからさ。・・・・・ねずみ講じゃないわよ?」って台詞が!なんていうか!

さらに、瞳子さんはそのバーに居座ってる藤田という男とイタシテしまうわけですが、藤田は、瞳子さんを養鶏場に連れて行って「お前と・・・・養鶏場がやりたいんだよ!」と言って、瞳子さんをガッと抱き寄せます。瞳子さんは思わず、キス待ち顔になるんですが、「・・・・・いくら用意できる?」「は?」「元手がいるんだよ」。瞳子さん逃げて!と思うわけですが、瞳子さんは養鶏場の裏山に上って、夕陽を見ながら、気持ちよくおしっこして(外でです)、藤田との未来に思いを馳せてしまうというね。

 

悲しみ、怒り、というシーンでは、メインキャストのアツシが、役所で未納の健康保険料についてやりとりするところがリアリティがあって怖いほどでした。橋口監督は、一時期は鬱で困窮した生活を送っていたということなので、「もしや実話?」と思ってしまうほどです。やり場のない怒りで、帰り際、いきつもどりつするアツシをみて、思わずこぶしに力が入ってしまいました。

 

メインキャストの最後の一人、弁護士の四ノ宮も、なんともいえない味わいでした。学生時代からのノンケの親友にずっと恋心を抱いていて、でもそいつには告白できず、身代わりの恋人に対しては傲慢に振る舞う・・・・・いるわこういう嫌な奴!

でも、最後、親友との関係が壊れた後、親友からプレゼントされた万年筆(親友のほうは、自分があげたことなんてとっくに忘れている)をぐっと握りしめた場面は、「ああ、こいつも喪失感を抱えてずっと生きていかなきゃいけないんだな」って思わせる良いシーンでした。

 

橋口監督も50代は沢山作品を撮る意気込みらしいので、これからの彼の作品がますます楽しみです。