山本直樹という漫画家の「BLUE」を読み返していたところ、ちょうどフジファブリックのライブで「ブルー」のアコースティックバージョンを聴く機会があり、いろいろと感じるところがありました。
山本直樹は、性愛を通して物語を描く漫画家で(またはエロ漫画家ともいう)、フジファブリックのファン層とはちょっとずれるかな~とも思うのですが、個人的にはこの偶然(読み返した当日にライブで曲を聴いたこと)が面白いと感じたので、記しておくことにします。なので、ここから先は「成人向コミック」に関する話題となりますのでお気を付け下さい。
「BLUE」は1991 年に発行された山本直樹の短編集ですが、東京都の青少年保護育成条例で不健全図書の指定を受けたため、版元回収となりました。翌年、成人向けコミックスとして出版され、その後も別の出版社から版を変えて2回出版されています。合計4回も出版されているという、数奇な運命をたどった漫画なのです。
版を変えて四度目の登場となりました、BLUEです。
初版が十四年前ぐらい?
まさかこんな息の長いものになるとは……思ってましたよ当時から。
だっておもしろいもん。
ごく一部の天才な人たちは別として、
普通の人間はおもしろいもんなんてそうそう何個も作れませんよ。
僕も死ぬまであと一個か二個作れりゃラッキーですよ。
おもしろいのが一番えらいんです。
(OHTA COMICS「BLUE」あとがき)
表題作の「BLUE」は、「そしてまた僕らはのぼってゆく」という言葉から始まります。これは、屋上に登る、薬でハイになる、あとほかにもいろいろ、複数の意味をかけているものです。
主人公の男子高校生は、ひょんなことからクラスメートの「九谷さん」とセックスをするようになり、校舎の屋上のプレハブ小屋で密会を繰り返すようになります。天文部の「九谷さん」は、普段はメガネをかけ、真面目に授業も受けている様子なのですが、いまいち何を考えているのかつかめない(主人公にはさっぱりわからない)女の子です。
「カゼ薬?」
「これ?ブルー」
「ブルー?」
「ほんとは何てゆーのか知らんけどみんなブルーっていってる」「飲む?気分スッキリするわよ」「大丈夫 習慣性はそんなにないから」「どう?」
「頭のうしろがしびれるかんじだ」
「これ飲んですると気持ちいいのよ」
「・・・・・・・・・・・」
ブルーを持ち込んでいるのは、薬科大へ行っている天文部OB(男の双子)でした。「九谷さん」は主人公だけでなく、天文部OBの双子ともプレハブ小屋でセックスを繰り返しています。それに対し、主人公はモヤモヤした思いを抱きながらも、何も言いだせずにいます。
「九谷 東京の大学行くのか?」
「もーちょいでスイセン決まりそうなんだ 一生この町にうもれて暮らすなんてまっぴらだね わたしこの町大嫌い ヌルマ湯ん中いるみたい どいつもこいつも善人ヅラしてさ」
「九谷さん」は頭もいいようです。この作品が描かれたのは今から20年以上も前ですから、その当時の女子の大学進学率を考えるとかなりの秀才といっていいでしょう。そんな「九谷さん」がなぜ乱交に及んでいるのか、どういう育ちなのか、物語では一切明かされません。
「俺のこと好きか?」
「好きよ 大好きよ」「灰野君のこと一年の時からずっと見てたのよ」
「・・・・・・・ウソつけ」
「ウソじゃないよ 好きじゃない人とこういうことはしないもん」
「んじゃあいつらは?」
「先輩たち?先輩たちも好きだよ」
「そうじゃなくて・・・・・・・・」
「そうじゃないってじゃあどういうの?」
「・・・・・・・”ブルー”もってきてくれるからか?」
「それもあるけど・・・・・・今日何か変だよ灰野君」
普通のクラスメイトとなら、こんな会話にはならないでしょうね。カラダから始まった関係だから、全く話が噛みあいません。雨が降る放課後、主人公が傘に入っていけば?と誘っても、彼女は「いいよ逆だし バス停まで走ってっから」と雨の中駆けていってしまいます。
モヤモヤを抱えたまま、主人公は「九谷さん」とのセックスにおぼれ、でも時には屋上の縁に立ち、ポケットに手を突っ込んだままじっと下を見つめたりもするのです。
主人公は、天文部OB双子の車の鍵を特技をつかって開け、「九谷さん」をドライブに連れ出します。
「きもちいーなー このへん道はいいんだよなー イナカだけど あっ この歌知ってる トレーシーチャップマンの『ファストカー』ってーの」
「俺知らね」
「どこまで行こうか」
「東京まで」
「え?」
「この不浄なイナカを抜け出し 誰も知らない東京めざして この道をどこまでも走ろう ガソリンが切れたら二人で自販機こわして金を盗み ガソリンを買おう このまま東京まで逃げて そこで二人 貧しくともつつましく暮らそう」(ここまで灰野君はまっすぐ前を向いたまま)
「・・・・・・・・・・・・冗談でしょ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・冗談だよ・・・・」
その後も、主人公と「九谷さん」との密会は続き、やがて「九谷さん」は東京の大学へ行き、主人公は「となり町の郵便局員」になります。「飲み仲間もいるしかわいいカノジョもできた 田舎暮らしもそんなに悪いもんじゃないよ」
主人公は穏やかに平凡な人生を送っているわけですが、ときどき、町を歩いている男二人女一人のグループが天文部OBの双子と「九谷さん」に見えてしまうといフラッシュバックが起きています。「どうも"BLUE"の副作用が 今頃でてきたらしい」
そして、「かわいいカノジョ」と母校の学園祭に行き、屋上にあがったときに、見てしまうのです。自分が屋上の縁から飛び降りる「フラッシュバック」を。
ったく・・・・・・・
とんでもねえ後遺症だ
長々とストーリーを述べてきました。実際は、セックスシーンがかなり織り込まれているので、成人指定も頷ける内容なのですが、イナカ暮らしの平凡な男子高校生が、「九谷さん」という異物に出会い、翻弄され、セックスは沢山すれどもまったく彼女のことがわからず、そして彼女は跡形もなく立ち去って行く、立ち去られてしまう、その様子が
まさに「BOYS」・・・・・
だと思いました。ここでフジファブリックとつながるのです。
リアリティとしては男子高校生から「性欲」は抜くことができず、総君はそのヘンは下品にならないように捨象して歌詞世界を構築しているわけですが、「BLUE」の世界とフジファブリックが描く「BOYS」の世界は通底していると感じました。
レールはキミを運んでいくから
いつも同じ見飽きた帰り道
まとめた言葉 単純なのにな
いつも上手く言えないのはなんでだろう
山本直樹の「BLUE」では、主人公は「九谷さん」に「俺のこと好きか?」とは聞いていますが、彼女にわかるように気持ちを吐露することはできません。ドライブに出かけた車の中では、運転しながら、前を向きながら一気に長台詞を吐きますが、彼女の目は一切見ず、踏み込んだりはしません。主人公は、モヤモヤしながらも、保守的で幸せな生活を最後には選ぶ、平凡な男子高校生なのです。その抱えているモヤモヤレベルは、もう一人の自分を校舎から飛び降り自殺させるほどなのですが、それを自覚できるのは、思春期を乗り越えた、もうずっと後のことになります。
あー 青春
あー 90年代
って感じの、読んだ後に甘酸っぱさが残る佳作です。
なお、作中にでてくるトレーシー・チャップマンの「fast car」はこちら。「わたしこの町大嫌い」と言い、勉強もできる「九谷さん」は、きっと歌詞もわかってこの曲が好きなんだと思います。この曲、最後まで歌詞を読むと、すごくシニカルなんですけども。
芸が細かい、山本直樹。
Fast car -Tracy Chapman - YouTube
You got a fast car
I want a ticket to anywhere
Maybe we make a deal
Maybe together we can get somewhere
Any place is better
Starting from zero got nothing to lose
Maybe we'll make something
Me myself I got nothing to prove